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タイムライン

1971
出来事
2月 1 ブリュッセル通過便休止。
4月 18 Being 747-237B aircraft ( VT-EBD "Emperor Ashoka" )第1機がボンベイに到着。
5月 4 2機目のBoeing 747-237B aircraft (VT-EBE "Emperor Shahjehan" ) ボンベイに到着
24 747-200によるロンドン便就航。
25 747-200によるニューヨーク便就航。
26 747-200によるニューヨーク便初飛行。
7月 8

エアインディア完全所有の子会社ホテル・コーポレーション・オブ・インディアを設立。.

17 ダハラン、チューリッヒ、、プラハ、アムステルダム通過便休止。
9月 9 エアインディア完全所有の子会社エアインディア・チャーターズ・リミテッドを設立。

 

1972
出来事
1月 1 Charter CompanyによるACL-131でのロンドン便初飛行。
2月 4 ダッカがオンラインステーションとなる。
エアインディアの航空警察官M.S.Chaturvedi M.D.とCAEエレクトロニクス・リミテッド社長R.W. Cookeが747 Simulatorをボンベイに設置する同意書に署名をした。
14 エアインディアの初のホテル"CENTAUR"がボンベイエアポートに設立。
4月 1 3機目のBoeing 747-237B(VT-EBN "Emperor Rajendra Chola")が定期運行便でボンベイに到着。1972年3月28日に運ばれ、29日にはシアトル/ロンドン便として出発し、30日にロンドンに到着。これはAI-107でロンドン / ニューヨーク方面、AI-108でニューヨーク/ ボンベイ方面の定期運行便であった。Charter CompanyによるACL-001でアムステルダム便3度目の就航。
27 オンラインステーションをダハランに再度設置。
5月 1 ボンベイの予約オフィスをエアインディアビルに移行。
6月 4 4機目のBoeing 747-237B aircraft ( VT-EBO "Emperor Vikramaditya") がボンベイに到着。
11月 2 週2便のオンラインステーションを大阪に設置。

 

1973
出来事
1月 19 ナイロビ / エンテベ / ナイロビ方面便休止。
3月 7 ロンドンにあるエアインディア・ボンドストリート・オフィスから、BOACのBOADICEAコンピューターシステムを使ったヨーロッパ、アメリカ向けコンピューター予約設備設立に向け、初めてのメッセージを送信。
6月 8 エアインディアの海外就航25周年を記念してインド郵便局と電報局は初となるマルチカラーの切手を発行。
7月 10 新しい747-200格納庫を仮運転のためにエンジニアリング基地に設置。
9月 5 新しい747エンジン・テスト設備がマネージング・ディレクターのK.K.Unniによって設立。
10月 28

湾岸諸国向け便4便がドバイ・バーレーン経由クウェート便2便、アブダビ経由ドーハ便1便、ドバイ経由バーレーン便1便に変更される。 ダハランへは707のイギリス便が就航した。AI -127が西回り、AI -122が東回り便に用いられた。

11月 1 ドーハが湾岸地域便4便中1便のオンラインステーションとして設置。

 

1974
出来事
2月 12 マスカットがオンラインステーションとなる。
4月 1 ナンディがオフラインステーションとなる。

 

1975
出来事
4月 2 定期運行のパレットカーゴ便2便を中東経由ロンドン便とヨーロッパ便に1便、週1便を東京便に就航。
10月 1 ダッカ便を週1便に削減。
12月 27 5機目のBoeing 747-237B aircraft( VT-EDU "Emperor Akbar" ) がボンベイに到着。

 

1976
出来事
2月 1 湾岸諸国向け便が週11便に増便。ダッカ便は1976年冬から休止。
3月 29 Boeing 747-200がオーストラリアルートに導入。初のマドラス、シンガポール、パース経由のシドニー便のVT-EDU "Emperor Akbar"は機長C.R.S. Raoによって指揮。
4月 1 バグダッドがオンラインステーションになる。アムステルダムが再度オンラインステーションになる。ジャカルタはオフラインステーションとなる。
6 ダハラン、クウェート経由バグダッド便がBoeing 707で週1便就航。
5月 30 ニューヨーク発ロンドン経由ボンベイ行き、ワンストップのBoeing 747便就航。このサービスがあるのはエアインディアだけ。
6月 25 セイシェルがオンラインステーションとなる。
12月 15 Boeing 747型機6機購入でBoeing Commercial Airplane Groupと合意する。
19 ナイジェリアの首都ラゴスとアフリカ、ガーナの首都アッカがオンラインとなる。

 

1977
出来事
4月 13 ジェダ便が週1便で就航。エアインディアは湾岸地域へは合計21便運行。
11月 1 エアインディアのモーリシャス便休止。1977年10月31日が最後便。

 

1978
出来事
1月 31 ドバイ経由のティルヴァナンダプラム便が707で週1便就航。
2月 6 6機目のBoeing 747-237B( VT-EFJ "Emperor Chandragupta" )がボンベイに到着。
7月 2 7機目のBoeing 747-237B (VT-EFO "Emperor Kanishka" ) がボンベイに到着。
11月 16 ラスアルハイマがオンラインステーションとなる。

 

1979
出来事
2月 15 Sperry Univac 1100/22リアルタイム・コンピューター・システムをボンベイのサンタクルズにあるエアインディア・コンピューター・センターに導入。
8月 16 8機目のBoeing 747-200 CVT-EFU "Krishnadevaraya" がボンベイに到着。
9月 7 DC-8-63F機を使った初のヨーロッパ経由ニューヨーク行きの貨物便を就航。
9 Cargolux DC-8-63Faircraftがニューヨーク行き貨物便として就航。
11月 20 5つ星ホテル "Centaur Lake View Hotel"がスリナガルに設立。
12月 23 9機目のBoeing 747-237B (VT-EGA "Samudragupta") がボンベイに到着。

 

1980
出来事
1月 1 Boeing 747-200sをインド/日本ルートに導入。エアインディアはBoeing 747を2機、707を1機、東京へで週1便、Boeing707を2機、大阪へ週2便運行。
2月 22 10機目のBoeing 747-237B (VT-EGB "Mahendra Verman")がボンベイに到着。
3月 31 Boeing 707-437( VT-DJK "Everest")がサービスから退く。
4月 1 Boeing 707sがインド/日本ルートから退き、 Boeing 747sを導入。大阪便を東京まで拡大し、週4便に減便。同時にインド/日本間の全ての貨物輸送サービスを休止。
6 11機目のBoeing 747-237B ( VT-EGC "Harsha Vardhan")がボンベイに到着。
6月 1 707のダルエスサラム経由ルサカ便で週1便が新しいルートが加わる。シンガポールがボンベイ / シドニー便の経由地から除外され、現在では、ボンベイ / パース / シドニー / メルボルン / パース / ボンベイが週1便で就航。 シンガポールへはマドラス、クアラルンプール経由の707で週3便が就航。週2便のモスクワ行きが休止。707のダッカ便が再開。747の3本目のパリ便も再開。747のデリー / 湾岸諸国 / デリー間3便が新たに就航。。
7月 29 Boeing 707-437 (VT-DNY "Dhaulagiri")がサービスから退く。
12月 8 ボンベイの新国際空港ターミナルがオープン。



32-'40 |'41-'50 | '51-'60 | '61-'70 | '71-'80 | '81-'90 | '91-'00 | '01-'05




1981
出来事
2月 22 初のモジュールをボンベイ国際空港ターミナルに導入。
3月 10 シャルジャがBoeing707週1便のオンラインステーションとなる。
16 コンピューター化された予約システムをボンベイに導入。
30 デリーでコンピューター化された予約システム稼動。
4月 1 メルボルンがオフラインになる。
14 Boeing 707の定期運行便がセイシェル経由シルズベリー、 ジンバブエ便で初就航。
5月 25 コルカタでコンピューター化された予約システム稼動。
6月 15 マドラスでコンピューター化された予約システム稼動。オペレーション本部は747シミュレータービルの隣にあり、正式にはオペレーション・ディレクターの D. Bose機長によって開設。

 

1982
出来事
1月 3 ボンベイ / デリー / アムリトサル / モスクワ / バーミングハム間で就航しているモスクワ、アムリトサル、バーミングハムがオンラインステーションとなる。 アムリトサルはインドで6番目のオンラインステーションとなり、他にはボンベイ、デリー、 コルカタ、マドラス、そしてティルヴァナンダプラムにある。
5月 25 エアインディアとエアバス・インダストリーはAirbus 300B4-200機を3機購入することで合意。2機は82年7月と8月に納品予定で、3機目は11月の予定。
7月 29 エアインディアのAirbus VT-EHN"Ganga"がトゥールーズの社長兼マネージング・ディレクターのRaghu Rajに引き取られる。
8月 11 Airbus VT-EHN "Ganga"第1機がボンベイに到着。
12 2機目のAirbus VT-EHO "Godavari"がボンベイに到着し、現在Boeing 747sを10機、Boeing 707sを6機、Airbus 300B4-200sを2機保有している。
10月 2 モントリオールが747を使った、週2便(水曜・日曜)のボンベイ / デリー / フランクフルト / ロンドン / モントリオール間ルートのオンラインステーションとなる。
15 J.R.D. Tataがエアインディア50周年を記念して1932年のカラチ発アーメンダバッド経由ボンベイ行きのLeopard Mothでのオリジナルフライトを再現。
11月 15 3機目のAirbus 300B4-200 (VT -EHQ "Cauvery") arrived がボンベイに到着。Boeing 707が湾岸諸国 / ティルヴァナンダプラム便から退き、7便全てを Airbus 300B4で運行。200室あるCentaur Hotelがデリー空港にオープン。

 

1983
出来事
4月 1 サンアがオンラインとなる。.
10月 1 カイロがボンベイ / シャルジャ / カイロ間の週1便のBoeing 707便で再度オンラインとなる。

 

1984
出来事
5月 9 Centaur Lake View Hotelがスリナガルにオープン。
27 ティルヴァナンダプラムとダハランが週1便のAirbusでの直行便で結ばれる。
6月 18 エアインディアの予約システムを最新のSperry 1100/62コンピューターシステムに移行。
22 Boeing 707の後継としてAirbus A310-300を選択したことをプレスカンファレンスでマネージング・ディレクターの D. Boseが発表。最初に注文した6機については1986年第14半期までに納品予定。残り3機については年の後半までには納品予定。プロジェクト全体を通して531.78万ルピーがかかっている(予備品、守備道具、訓練コストなどを含む)機内設備:ファーストクラス12席、エグゼクティブクラス20席、エコノミークラス150席。貨物許容量7.5トン。最大速度3、640海里。
7月 3 Airbus 310-300シリーズ6機の購入に署名。
10月 28 アムリトサル経由バーミングハム便が1時的に休止。 アクラ、ダッカ、 アディス・アババがオフラインとなる。.
11月 25 Centaur Hokke Hotelが ラージギルにオープン。

 

1985
出来事
1月 19 トロントがオンラインとなる。AI-181のモントリオール行き週1便がトロントを経由地に含めることに変更。Boeing 747 VT EBN "Rajendra Chola"初の飛行はボンベイ / デリー / フランクフルト / トロント / モントリオール。戻りのフライトはモントリオール / ロンドン / デリー / ボンベイ。
2月 5 エアインディアのルカサ便は終了し、エアインディア / ザンビア・エアウェイズの共同運航でDC-10で週1便就航。
4月 8 契約したAirbus A310-300機がボンベイに到着。 マネージング・ディレクターD.Boseがエアインディア代表として、総合セールス・マネージャーのRanjit Jayaratnamがエアバス・インダストリー代表として署名。まず最初のA310-300、6機は1986年2月に納品予定で、あと2機は4月に、 その他については年内に納品予定。
6月 14 エンジニアリングディレクターH.C. Kapoorがボンベイの新国際乗客ターミナル近くに格納庫を設立。
30 トロントへの就航が休止。
7月 1 エバーグリーン・インターナショナル・エアラインズのDC-8シリーズ '63とシリーズ '73の2機がオバーシーズ・ナショナル機のリース機となる。
10月 27 アデンがオフラインとなる。
12月 20 ハイダラーバードがオンラインとなる。AI-826での木曜日のジェダ便がAirbusでのハイダラーバード / ボンベイ間に拡大。 ボンベイ / ジェダ / ボンベイ間はBoeing 747-200で運行。

 

1986
出来事
1月 31 Airbus A310-300の6機購入にあたり、シンガポールに拠点を置く日系銀行第1勧業銀行、富士銀行、東海銀行の3行との間に10億円(5000万米ドル)の借入契約にサインする。
2月 2 ゴアがオンラインとなる。AI-932が08:35に初めてゴアに到着し、ティルヴァナンダプラムを出発した1時間後だった。ゴアは日曜日の湾岸諸国 / ティルヴァナンダプラム便の経由地となた。915/932フライトはボンベイ / ドバイ / クウェート / ゴア / ティルヴァナンダプラム間だった。月曜日の西回り便はティルヴァナンダプラム / ゴア / クウェート / ドバイ / ボンベイを回った。
3月 4 3億9300万米ドルのAirbus A310-300機の借入契約にマネージング・ディレクターのD.Boseは署名。2億2000万米ドルは of イギリス、フランス、東ドイツ、その他ヨーロッパ各国のExport Credit Guarantee Organisationとのもので、残り1億7300万米ドルはイギリスのBarclays Bank と他20の銀行との契約。
9 ボンベイ国際ターミナルに41万ルピーのモジュールIIを導入。モジュールIIはエアインディアのみで使われている。フランクフルトから到着したAI-130のように新しい地域から来たフライトに適用された。出発便についてはダハラン行きのAI-855だった。
19 モーリシャスがオフラインになる。ボンベイ / モーリシャス / ボンベイ間はエアインディアとエアモーリシャスの共同運航で、エアモーリシャスのBoeing 707が使われた。
30 サンアとカイロがオフラインになる。
4月 3 パースがオフラインになる。 AI-404/411がボンベイ / シンガポール / シドニー / シンガポール / ボンベイ間を運行。
6 Boeing 747貨物機がニューヨークとフランクフルトに就航。このリース機がDC8貨物機の代わりとなった。747貨物機は週1便のフランクフルト経由ニューヨーク便で運行された。戻りビンではパリ経由の西回りで運行された。
14 マネージング・ディレクターのD. Boseはフランス、トゥールーズのエアバス・インダストリー社長兼チーフエグゼクティブオフィサーJohn Piersonから初のAirbus A310-300を受け取る。
20 エアインディアのA310-300 ( VT-EJG "Yamuna" )が10:00 a.m. トレーニングディレクターB.S. Gopalの指揮の元初めてボンベイに到着。トゥールーズからボンベイまで7、090 km ( 4720 マイル)の距離を役8時間15分で結んだ。
5月 1 インディラ・ガンジー・国際ターミナルがデリー空港にオープン。
18 2機目のAirbus A310-300 ( VT-EJH "Tista" )がトゥールーズからドバイ経由で09:00 a.m.に到着。飛行機はエアバス社のC. Guibertが指揮。トゥールーズ / ドバイ間はV. Sachdevaが、 ドバイ / ボンベイ間はJ R Trilokekarが同乗した。
6月 1 3機目のAirbus A310-300 (VT-EJI "Saraswati")がトゥールーズからボンベイに06:45に到着。飛行機は トゥールーズ/ クウェート間はBS.Gopalが、クウェート / ボンベイ間はJ.R.Trilokekar が指揮した。このフライトはクウェートから AI-140定期運行便として運行した。
16 バンガロールがエアインディアの国際貨物輸送地に加えられる。フライトは'DC8-63F機が用いられた。
18 初就航 service to ナイロビ経由のラゴス便がAirbus 310の初就航となった。VT-EJI "Saraswati"はM.V.Govindrajaによって指揮された。 エアインディアはA310-300で下記の都市に就航しています: マスカット、 クウェート、 ドバイ、 バグダッド、シャルジャ。
30 ティルヴァナンダプラム発着のA300便が週9便に増便。
8月 15 ボンベイ空港の出発便コントロールがコンピュータ化。
22 16のインド国内支店、60の海外支店、ボンベイ、デリーを含む19の空港とボンベイのCentaur Hotelで料金照会用コンピューターの設置。
10月 10 ジュフにCentaur Hotelオープン
26 バグダッドへの週1便が休止。
29 Boeing 707sがサービスから退く。Boeing 707 VT-DPM " Dhaulagiri"の最後のフライトはAI-235 / AI-232でハラレからの帰りの便。
30 4機目のAirbus 310-300( VT-GJJ "Beas" ) がボンベイに到着。トレーニング・ディレクターのB.S.Gopalが指揮。
12月 30 5機目のAirbus 310-300 "Gomati" VT-EJKが トゥールーズからボンベイに到着。トレーニング・ディレクターのB.S.Gopalが指揮。

 

1987
出来事
3月 31 6機目のAirbus 310-300 ( VT-EJL "Sabarmati" )がトレーニング・ディレクターのB.S.Gopalの指揮でトゥールーズから直行便でボンベイに03:40到着。Airbus 310はボンベイ / バンコク / 香港間の香港便の週2便(水曜と土曜)で就航。同じくBoeing 747の週3便の東京便は香港を除くことになりました。 747シリーズの3便はAI-316 (木曜)BOM/CCU/BKK/TYO、AI-306 ( 金曜)BOM/DEL/BKK/TYO、AI-308 ( 土曜) BOM/DEL/BKK/OSA/TYO.
4月 2 セイシェルがオフラインオフィスとなる。
10 エアインディアとインディアン・エアラインズがコンピューターでリンクされる。
5月 15 ボンベイでコンピュータ化されたチケット発行システムを導入。
23 シンガポールからBoeing 747-200 VT-ENQが到着。シンガポール・エアラインズによって購入された機体。
7月 7 アムステルダムが再度オンラインになる。
8月 7 エアインディアを代表してマネージング・ディレクターのC.L.Sharmaが、Boeing Commercial Airplane GroupからはD.D.JenningsがBoeing 747-300 Combi2機の購入合意書にサインした。総プロジェクトコストは 371.74万ルピーになった。
10月 25 ハラレ、ダルエスサラム、ラゴスがオフラインとなる。
11月 17 リース契約の140席のIL-62Mが ボンベイに到着。この飛行機はファーストクラス8席、ビジネスクラス30席、エコノミークラス102席。
20 IL-62Mでモスクワ週3便就航開始。
12月 15 ボンベイの貨物倉庫で貨物部門のコンピュータ化が開始。輸入品をUNISYS 1100-72 システムに移行。同じく貨物空き状況コントロールシステムも移行。

 

1988
出来事
1月 29 エアインディアとインディアン・エアラインズ間に専用線を確立し、エアインディアの窓口でもインディアン・エアラインズ便の即時予約が可能に。
2月 21 リヤドがオンラインとなる。.
10月 23 Boeing 747-300 Combi (VT-EPW "Shivaji") 第1機がボンベイに到着。飛行機はオペレーション・ディレクターD.S.MathurとJ.R.Trilokekarの指揮の下シアトルからニューヨークまで運ばれ、ニューヨーク発ロンドン経由ボンベイ行きの定期運行便AI-110として運行した。この飛行機には271席あり (ファーストクラス16席、ビジネスクラス67席、エコノミークラス188席) 合わせて7つの貨物用スペースがメインデッキに、5つの貨物用スペースが下部デッキに装備。
11月 24 2機目のBoeing 747-300 (VT-EPX "Narasimha Varman") がボンベイに到着。シアトルからニューヨークに運ばれた後、特別便として運行。
12月 30 新しいAirbus A310-300フライトシミュレーターがカナダ、モントリオールのCAEエレクトロニクスによって製作され、Ratan Tataによって発表された。シミュレーターの総製作費用は876万米ドルになった。

 

1989
出来事
2月 18 ウズベキスタンのタシケントが再度オンラインとなる。アエロフロートのリース機IL-62Mで毎週日曜日に1便就航。
7月 1 IATAの新貨幣システムを導入。
10月 15 エアインディアはBoeing 747-200"Rajendra Chola"から機体の色を塗り替え新しいコーポレート・アイデンティティ・プログラムを開始。新しいシンボルとして「太陽」が選ばれ、 深紅とメタリックゴールドのデザインはエアインディアの機体を新しく生まれ変わらせました。この新しい赤と金の色はエアインディアの企業カラーとして使われることでしょう。エアインディアのBoeing 747 "Emperor Rajendra Chola" はこの新しい色で彩られた最初の飛行機です。このプロジェクトは香港のHAECOによって請け負われた。

 

1990
出来事
2月 23 エアインディアのエンジニアリングチームとHindustan Aeronautics Ltd.の技術者のサポートによってはじめて行われたセクション41の修正が見事完成しBoeing 747-200 (VT-EBE "Shahajehan" )はエアインディアの格納庫から出発。
3月 26 アラブ首長国連邦国内の5つ全ての国際空港就航に伴いのフジャイラがオンラインとなる。 A300-B4便は週1便でボンベイ / フジャイラ / アブダビ / ボンベイ間を就航。
5月 23 アムステルダムへの運行を一時停止。
8月 2 クウェートとバグダッドへの就航を政治的不安定の理由から休止。
13 湾岸諸国のインド国民非難のために特別747-200機をアンマンに送る。
15 最初の285人の団体がアンマンからインドへエアインディア特別機で出発。この時からエアインディアの非難民用運行が始まりました。
24 11機目のAirbus 310-300 (VT-EQS "Krishna")が新しいインテリアでボンベイに到着。トゥールーズからドバイへ運ばれ、ドバイからボンベイへは定期運行便として運行。
30 8機目のAirbus 310-300 (VT-EQT "Narmada")が ボンベイに到着。トゥールーズからドバイへ運ばれ、ドバイからボンベイへは定期運行便として運行。
10月 11 エアインディアは湾岸諸国からのインド国民の非難活動を完了。エアインディア、インディアン・エアラインズ、インド空軍、アエロフロートは488便の特別便を運行、111、711人のインド国民の非難活動を支援しました。このような莫大な人数の人々を短期間で輸送したことは、世界の民間航空の歴史に大きな軌跡を残しました。59日の出来事はエアインディアに多大なる賞賛をもたらしました。



32-'40 |'41-'50 | '51-'60 | '61-'70 | '71-'80 | '81-'90 | '91-'00 | '01-'05


1991
出来事
1月 15 リヤド、 ジェダ、 ダハラン、バーレーンへの運行を湾岸危機に伴い1時的に停止。
16 ドーハへの運行を1時的に停止。
17 エアインディアは湾岸地域での戦闘勃発に伴い全てのフライトの停止を決定。湾岸諸国に住むエアインディアスタッフの家族/親戚全ては安全な地域に非難。
23 ドバイ、 アブダビ 、マスカットへの運行を安全性を確認し再開。
26 アーメダバードは毎週のAirbus 310フライトAI-102/1019就航に伴い、8番目のインド国内ステーションとなる。
31 Operations to ダーウィン経由シドニー便は利益が上がらないことから、1991年1月31日のAI-424/431がインド/シドニールートの最終便。
3月 7 バーレーン、 ドーハ、ジェダへの運行再開。
14 リヤドへの週1便が再開。
16 テヘランへの運行を再開。
22 ダハランへの運行を再開。
8月 14 クウェートへのAirbus 310での週1便、再開。
インド政府の承認を得て、747-400旅客機を4機Boeing Commercial Airplane Groupへ正式注文。

 

1992
出来事
4月 19 コンピューターを最新のUNISYS 2200/435システムへ完全移行。 予約システムと関連業務についてはアメリカS 2000ソフトウェアへ移行。
6月 3 1990年8月、9月のアンマンからのインド国民の非難が歴史的で極めて困難なことをやり遂げたとして、世界的に有名なギネスブックに登録(1993年版)
7月 15 アメリカのExim Bankとの間に6億米ドルの与信契約書に、CitibankとANZ Grindlaysの間にBoeing 747-400旅客機を4機購入する7421万米ドルの商業協定に署名。
10月 15 エアインディアはムンバイのDiamond Jubileeをインド国際航空会議を2日間に渡り取りまとめた功績を称える。この会議は世界の航空機/エンジン製造企業から250名が参加した。この会議のテーマは「航空産業−チェンジング・シナリオ」で1932年10月15日J.R.D.Tataのカラチからムンバイへの初飛行がインドの民間航空の新時代を築いた事を祝福した。



1993
出来事
8月 4 第1機のBoeing 747-400 VT-ESMは "KONARK"と名付けられシアトルのBoeing Commercial Airplane GroupD.J. Hilbyよりエアインディア・エンジニアリング・ディレクターJ.N. Gogoiに引き渡された。
14 初のBoeing 747-400 VT-ESM "KONARK"がニューヨークからのノンストップフライトの後、デリーに到着。
9月 1 Boeing 747-400 "KONARK"が初の商業フライトをAI-125でムンバイ発ロンドン着便で運行。
3 最新のBoeing 747-400フライトシミュレーターがムンバイのオペレーション・トレーニング・コンプレックスに導入。このシミュレーターにはカナダ、モントリオールのCAEエレクトロニクスのMaxvueビジュアルシステムが搭載されていた。
8 高度な料金見積もりシステムSITA (Societe Internationale de Telecommunications Aeronautiques)を導入。
10月 2 ダルエスサラム、 ダーバン、ヨハネスブルグがオンラインステーションとなる。A310機による初フライトがムンバイ-ダルエスサラム -ダーバン-ヨハネスブルグ間で運行。
31 ジャカルタが再度オンラインステーションとなる。週2便のフライトはムンバイ-チェンナイ-シンガポール-ジャカルタ間を木曜と日曜に運行。フジャイラ、ラスアルハイマ、シャルジャがオフラインオフィスとなる。
11月 15 2機目のBoeing 747-400 VT-ESN "Tanjore"がムンバイに到着。シアトル発ニューヨーク経由ロンドン行きフライトで輸送され、AI-132 ロンドン-デリー-ムンバイ間の定期運行便として運行。
12月 14 3機目のBoeing 747-400 VT-ESO "Khajuraho"が到着。シアトルからトロントへ輸送され、便名AI-188 トロント -ロンドン- ムンバイ間の商業便として運行。
15 コジコーデがオンラインステーションとなる。エアインディアはインディアン・エアラインズのAirbus A320と共同運航を開始。毎週ドバイ、アブダビ、マスカットへの各4便合計12便が運行。初フライトはAI-923コジコーデ発アブダビ便。

 

1994
出来事
1月 29 インド大統領は1953年Air Corporations Actを撤廃し1994年"The Air Corporations (Transfer of UndertakingsとRepeal) 法令を推奨。
2月 16 エアインディアとインディアン・エアラインズはエアインディアの便名と、インディアン・エアラインズのBoeing 737/Airbus 320 機のハブ運行を開始。これらのフライトはハイダラーバードとアーメダバード発ムンバイ便とアムリトサルとアーメダバード発デリー便を運行した。
18 インド政府の決定を受け、民間航空局の民間航空・観光大臣は1994年Air Corporations (Transfer of UndertakingsとRepeal)法令の第3項に基づき1994年3月1日からインディアン・エアラインズとエアインディアをインディアン・エアラインズ・リミテッドとエアインディア・リミテッドとすることを認めた。
3月 7 1994年Air Corporations (Transfer of UndertakingsとRepeal)法令が国会審議を通過。
27 ニューヨーク便をBoeing 747-400sで毎日運行。
5月 10 イエメンの紛争に伴い、インド国民の非難を目的とするAirbus 310特別便をムンバイ発マスカット経由サンア行きで運行。
6月 1 エアインディアとインディアン・エアラインズは12歳以上のインド在住でインド国内でチケットを購入した方を
対象にした"FLYING RETURNS"と銘打ったフリークエント・フライヤー・プログラムに参加。メンバーはエアインディアかインディアン・エアラインズのマイレージポイントを貯めることができ、かつ利用することが可能です。
2 エアインディアはSouthern Air TransportとEmery Worldwide of アメリカの間にヨーロッパ2便(ブリュッセル/チューリッヒ)、アメリカ2便(ニューヨーク)のDC8 -73貨物機運行のリース契約を締結。
28 4機目のBoeing 747-400 VT-ESP christened "AJANTA" がBoeing Commercial Airplane Group副社長兼統括マネージャーEdward Renouardからマネージング・ディレクターD.S. Mathurとエンジニアリング・ディレクターJ.N.Gogoiによって正式に受け取られる。
7月 2 4機目の747-400 VT-ESP "Ajanta"がムンバイに到着。6月29日にシアトルからニューヨークへ輸送され、6月30日に商業フライト(AI-108)ニューヨーク- ロンドン-デリー-ムンバイ便で運行。
22 ムンバイで"Sitar" (System Interface for Travel Agents Reservations)の合意書に署名。アメリカンエアライン系の旅行代理店向けの世界的予約システムで、SABREの協力のもと作られたシステム。この最新のシステムにより世界中の数多くの航空会社のスケジュール、料金、空席照会が可能になるほか、列車の料金・空席照会、レンタカー、ホテルの予約、パッケージツアーなど旅行関連サービスが提供できるようになる。
29 エアインディアとインディアン・エアラインズはアメリカンエアライン系のSABREシステムと併せて"SITAR"をインド国内の旅行代理店向けに紹介。
9月 16 Boeing 747-400ラインのメンテナンス用格納庫がムンバイ空港に完成。
11月 16 エアインディアはCaribjet Inc.とエグゼクティブクラウス24席、エコノミークラス180席搭載したAirbus 310を2機リース契約することで合意。
12月 24 第1機のA310 機がCaribjet Inc.から納品される。

 

1995
出来事
1月 11 2機目のA310 機がCaribjet Inc.から納品される。
19 Boeing Commercial Airplane Groupとの間でBoeing 747-400を2機追加購入することで合意。
3月 2 パース便がエアインディアのA310機で月曜、木曜の週2便、ムンバイ-バンガロール-シンガポール-パース-シンガポール- バンガロール-ムンバイのルートで再開。これにより、エアインディアは5大陸を結ぶルートネットワークを再構築。
9月 5 エアインディアとスカンジナビア航空 (SAS)デリーとコペンハーゲンのコードシェア便で共同運航を開始。
11月 16 月曜と木曜にムンバイ -デリー-ローマ-マンチェスター-ローマ-デリー-ムンバイのルートでマンチェスター便就航。
12月 1 L-1011-500機、2機をCaribjet社よりリース契約。
3 5年ぶりにアムステルダム便がムンバイ発ニューデリー、フランクフルト経由の週2便で再開。
15 ユナイテッド航空と限定的だったロサンゼルスへの西回り便とニューアーク便(1996年4月7日にワシントンへと変更)、デリーを通過する週14便の西回りの国際便においてコードシェアを合意。

 

1996
出来事
1月 1 1973年1月19日の就航休止から、エンテベへの週1便がムンバイ-ナイロビ-エンテベ- ムンバイのルートで再開。1機がCaribjet社と、2機がAir Club社との間でA310-300sを3機リース契約。
2月 4 テル・アビブへの週2便をA310でムンバイ-テル・アビブ- ムンバイルートで就航。
7月 16 空の便を利用する乗客向けの支払、会計、管理を基準化したIATAの新決済プランをインド国内の航空企業、旅行代理店に紹介。
9月 4 Caribjet Inc、Barbuda、 West Indiesとの間でL1011-500を2機、A310を1機リース契約することで合意。
12 ムンバイ旧空港のエンジニアリング基地にある総点検部門にComposite Repair Facilityを導入。
18 アラブ首長国連邦への滞在許可のないインド国民を呼び戻す"Operation Amnesty Airlift"を開始。
27 貨物輸送機3機がサービスから退く。
10月 16 最新型UNISYS 2200/511システムと出発管理を行う11R2ソフトウェアをムンバイ、 デリー、 チェンナイとニューヨークに導入。
27 チューリッヒ が旅客向けサービスとしてオンラインとなる。日曜のムンバイ-デリー-ローマ- チューリッヒ-ローマ-デリールートと、木曜のムンバイ停止便の週2便が就航。
28 エンテベがオンラインとなる。
31 初のBoeing 747-400 christened "AGRA"シアトルに到着。 11月3日にシアトルを出発しムンバイに到着し保有機に加わりました。"Operation Amnesty Airlift"が終了。9月18日から10月31日までに37,430人のインド国民が帰国。最終便となった11月1日のムンバイ着便を含め、これらの方面へのフライトを再構成しドバイとアブダビへ35の特別機を運行しました。
11月 15 6機目のBoeing 747-400 "Velha Goa" (古いゴアの意) がシアトルに到着。シアトル発ニューヨーク、ロンドン経由ムンバイ行きで輸送され11月18日にムンバイに到着。
30 シカゴがエアインディアのアメリカ2番目の玄関口としてオンラインとなる。週2便のフライトがムンバイ-フランクフルト-シカゴ-フランクフルト- ムンバイのルートでBoeing 747-400sで運行。

 

1997
出来事
1月 29 アムステルダムへの就航休止。
2月 12 ユナイテッド航空とのコードシェア便ロサンゼルス、ニューデリー間が終了。 エアインディアはデリーを通過する週7便のワシントン行きユナイテッド航空便のシートは引き続き確保。
17 ナイロビ行きの週2便がこれまで南アフリカルートだったダルエスサラムまで拡大。
23 ダーバン/ヨハネスブルグ便就航休止
3月 11 トロント便が1時休止。
30 チューリッヒがオフラインオフィスとなる。
4月 1 エアインディアとインディアン・エアラインズの"Flying Returns"フリークエント・フライヤー・プログラムを湾岸諸国でも開始。
5月 11 エアインディアとエアフランスがグローバル・アライアンスに合意。
28 エアインディアのホームページ開設。アドレスはhttp://www.airindia.com
6月 1 シカゴ行きの週2便がフランクフルト経由の代わりにロンドン経由となりBoeing 747-400sで就航。
3 バンコク-東京便をB747-200sからBoeing 747-400sに変更。
7月 4 韓国のソウルが週3便の香港停止便のA310を拡大しオンラインとなる。週2便の大阪行きは香港経由でB747で引き続き運行。
8月 15 初のAirbus 300Bのサービス開始にあたり、ムンバイの旧空港にあるエンジニアリング基地で定期メンテナンス実施。
9月 5 エアインディアのエンジニアリング部門がムンバイでのメンテナンス活動について、品質保証システムの国際規格であるISO9002の認証を取得。
10月 12 サウジアラビアの恩赦期限10月16日を前にインド国民の避難開始。11月7日までに合計8,461人もの人が追放されました。
25 エアインディアとオーストラリア航空がビエナとデリー間でコードシェア便をA310で開始。
11月 1 エアインディアとエアフランスがメジャー・グローバル・アライアンスに参画。
15 エアインディアとインディアン・エアラインズのコードシェア便開始。.
12月 1 エアインディアとインディアン・エアラインズのフリークエント・フライヤー・プログラム"Flying Returns"が、エアフランスのフリークエント・プラス、フリークエント・フライヤー・プログラムと提携。
31 Air ClubとのA310s2機のリース契約終了。

 

1998
出来事
3月 1 エアフランスとパリ/ジュネーブ/アムステルダム/フランクフルト間のコードシェア便開始。
17 Boeing 747-200とB747-400のナセル・ストラットを社内のエンジニアリング部門で搭載。
3月 29 夏からの新スケジュールから、イダラーバードとシンガポールの直行便が運行。スイスエアとのコードシェア便が週4便のチューリッヒ行きでエコノミークラス25席を確保し運行開始(うち2便は各ムンバイとデリー発)。
4月 15 エアフランスのパリ行き2便(1便はムンバイ発着、もう1便はデリー発着)のブロックシートで運行開始。
12月 12 チェアマンP.C. Senと秘書兼民間航空大臣のP.V. Jayakrishnanが非常勤チェアマンとなる。
19 マラップラムとケララにオフラインオフィスがオープン。

 

1999
出来事
1月 1 コジコーデ がオンラインとなる。コジコーデと湾岸諸国を結ぶ直行便をエアインディアのAirbus 310で運行開始。週2便のうち1便はドバイへ、もう1便はアブダビへ就航。
14 New Pratt & Whitney 4056エンジン総点検工場がムンバイの旧空港にマネージング・ディレクターのM.P. Mascarenhasによって完成。
23 バンガロールがバンガロール発ムンバイ経由のBoeing 747-400でロンドン/ニューヨークと結ばれる。この路線は民間航空省Ananth Kumarによって開かれた。
2月 23 地上サービス部門がムンバイ空港の国内・国際線でのサービス分野でISO-9002認証を取得。
3月 1 エアインディアはアシアナ航空との週2便のデリー、ソウル間のコードシェア、ソウル、サンフランシスコ間の週1便のブロックスペースで合意。
31 ムンバイのサハール空港がチャトラパティ・シヴァージ国際空港に名称変更。新しい空港名の標識を公開したのはインド首相Atal Behari Vajpayeeだった。
5月 1 採算見直しに伴いフランクフルト、 ローマ、マンチェスターがオフラインステーションとなる。シカゴ便は週六便から3便に減便され、前便ロンドン経由となった。
9 ムンバイ本社ビルの貨物輸送コンピューターシステムをUNISYS 2200/5222ベースのUSAS*CGO 12R1ソフトウェアへ移行。エアインディアがアジア・パシフィック地区で初めてのこの最新設備を導入した企業になりました。
6月 10 コーチンがインド国内では11番目、ケララでは3番目のオンラインステーションとなる。コーチン国際空港への初飛行はダハランからのAI-916便でした。
8月 5 エアインディアはエンジン点検設備においてISO-9002を取得。
15 エアインディアの湾岸諸国、 香港、日本ルート全便で禁煙化。
9月 8 エアインディアとインディアン・レイルウェイズが、エアインディアの海外オフィスでインド鉄道パスの販売をすることで合意。
23 ムンバイのチャトラパティ・シヴァージ国際空港ターミナル2Cから初の正式フライトが出発。Boeing 747-400でドーハ-バーレーン行きのAI-877便でした。
10月 7 エアインディア便と既にエアインディアの地上業務が済まされたその他海外航空便のみがムンバイのチャトラパティ・シヴァージ国際空港の新ターミナル2Cで運行を開始しました。
11月 2 コーチンがクウェートと直行便で結ばれる。毎週のAirbus 310はチェンナイを出発し、チェンナイ-コーチン-クウェート-コーチン-チェンナイ-ムンバイを周る。
15 エアインディア非常勤チェアマンだったRavindra Guptaが民間航空省の秘書業務拡大に伴い辞任。
12月 9 エアインディアはバージン・アトランティック航空と毎週のイギリスとインド間の未就航便のコードシェアで合意。



2000
出来事
3月 1 企業イントラネットプロジェクト"CLICK" (Company Log In to Communicate Knowledge)の導入。
4月 11 最新技術を搭載したBoeing 747-400用メンテナンス格納庫がムンバイの旧空港にあるエンジニアリング基地に民間航空省のSharad Yadavによって設立。
18 エンジニアリングとエンジン総点検部門がJAR-145認証をイギリスのCAA(Civil Aviation Authority)から取得し、ヨーロッパのほかの航空企業へもエンジニアリングサービスができるようになりました。
5月 31 Boeing 747-200 "Akbar" (VT-EDU)をアメリカのMon Aviationに販売。
6月 22 Boeing 747-200s Shahjehan(VT-EBE)とRajendra Chola(VT-EBN)をアメリカのAero Controls Inc.に販売。
7月 5 デリーとロンドン間のBoeing 747を使った週2の直行便をヴァージン・アトランティック航空とコードシェアならびにブロックスペースで合意。
8月 1 デリーとモスクワ間のBoeing 777を使った週3便をアエロフロートとコードシェアならびにブロックスペースで合意。
9月 1 チェンナイとドバイ間のAirbus 310-300を使った週4便をエミレーツ航空とコードシェアで開始。.
10月 13 シンガポール航空とAirbus 310sを2機3年間のリース契約することで合意。
17 Ravindra Guptaの後任として、秘書兼民間航空省のA.H. Jungが非常勤チェアマンとして就任。
11月 29 GECASとAirbus 310sをもう2機リース契約することで合意。
12月 15 リース契約のAirbus 310機はPeriyar(VT-EVE)と命名され保有機に加わる。この飛行機はシンガポール航空からのリース機。



32-'40 |'41-'50 | '51-'60 | '61-'70 | '71-'80 | '81-'90 | '91-'00 | '01-'05


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2001
出来事
1月 31 エアインディア保安部が民間航空組織の中で始めてISO-9002-1994認証を取得。
2月 15 2機目のシンガポール航空からのリース機Airbus 310-300が保有機となる。この飛行機は Mahanadi(VT-EVF)と命名された。
3月 25 クウェートエアウェイ(KU)とチェンナイ、クウェート間の週4便をコードシェアで運行。
5月 23 マネージング・ディレクターJ.N. GogoiがOffg